スキーに行こう! *その2*
スキー場まで何マイル?
マイクロバスで行くんだよ。
野越え山越え谷越えて。
「わぁ!真っ白!」
真っ先に飛び降りて澪が大声を上げた。
「すごーい!」
「そういえば積もってるのを見るのは初めてだったな」
守が笑いながら娘の頭を叩いた。
「ほら、先行ってドアあけろ。大荷物運ぶから」
「うん!」
「晶子さん、滑りますから足元気をつけてください」
注意しながら手を貸す相原ににっこり笑い返す晶子。
「ありがとう」
「色男、お嬢の分まで荷物運ぶ仕事が残ってるぞ」
斉藤の冷やかしともやっかみとも取れるセリフが降りかかる。
「晶子さんを先にコテージに連れて行ってから!」
今日ばかりは負けていない相原であった。
「おまえの負けだな」
ニヤニヤ笑いながら島が荷物入れのドアを開けた。
「そういえば夕食はどうするんです?作りますか?」
ユキに訊かれて守が笑った。
「そんなことさせないよ。すぐそこにホテルがある。あそこのレストランで食べることにしよう」
守の指さした先はコテージから歩いて5分ほどのところにあるリゾートホテルだった。
「でも朝食は?」
聞こえたのか晶子が振り向いてさらに尋ねた。
「朝食は届けてもらうよう頼んである。気にしなくていい」
身体を伸ばしながら寝起きの真田が答えた。
遊びに来たのである。お茶汲みや食事の準備をさせるために女性陣を誘ったのではないのだからその程度の手配は当然なこ
とだった。
「さ、荷物を放り込んだらひと滑りしに行ってくるといい。まだ時間はあるぞ」
鞄を取り出しながら山崎が若い連中に勧めた。
「しかし」
島がう〜む、とひとうなりした。
「いい男には何着せても決まるもんだな」
「・・・自分が惨めになるだけだから言わない方がいいと思うぞ」
彼らの前にいるのは守と真田。長身で体格がいいのだから絵にならない方がおかしい。
しかも今回は色の濃いバイザーをかけているので真田の目つきの悪さも表に出ない。『いい男』度が三割り増し状態になっ
ている。
ふたりでゲレンデの様子を確かめるためにひと滑りして降りて来たところだったので、既に遠巻きに女性のグループが取り
囲みつつある。
「何ブツブツ言ってるの?」
後からユキが声をかける。
「天は二物どころ三物与えることもあるんだなってこと」
「なにそれ」
キョトンとしたユキに笑い返して島は進とユキから離れた。
「ま、しっかりユキに教えてもらえよ」
「お、おい!」
「野暮する気はないからな。んじゃ」
慌てる進をそのまま見捨てると島は周りの視線に全く気がついてないふたりへ近寄った。
「どうでした?」
近寄りながら訊くと守が首をすくめた。
「悪くないな。アイスバーンも少ないし、滑りやすい」
「じゃもう一度上へ?」
「俺達も久しぶりだし、初心者もいるからな。今日のところはこのままファミリーゲレンデだ」
なにせ前に進むこともおぼつかないのがいるくらいだしな、と真田が指さすところでは斉藤が呆れながら新米と徳川に教授
していた。
「ったく、おまえらそれでも軍人かぁ?」
「そ、そんなこと言われても・・・」
「たかが30センチの段差越えれなくてどうすんだよ」
軽いスケーティングで四人に近寄ると澪が振り返った。
「隊長がね、リフト乗ってもいいって」
「ほう、さすが俺の娘だ。上達が早いな」
「なら一緒に行ってこいよ。俺はこいつら見てるから」
真田の言葉に守が素直にうなずいた。
「ああ。島君も来い。軽く滑ってこよう」
「はい!」
去った三人を見送り、真田がニヤリと笑った。
「斉藤、少しくらいはスパルタした方がいいんじゃないのか?」
おや?と顔を上げ、真田の表情を見て斉藤もニヤリと笑った。
「そうだな。ちっとは寒い目にあった方が上達も早いかもしれんな」
「あ、あの、それって・・・」
「先輩・・・?」
「身体を使う実技だ。講義よりも実習が修得の近道だろう。ほら、来い!」
そしてふたりはリフトへと連れて行かれてしまったのだった・・・
「そーいや機関長はどうした?」
「何やら思いついたらしい。買い物に行ったぞ」
リフトの上で斉藤に訊かれて真田が答えた。
「買い物?滑らねぇのか?」
「明日でもいいんだろ。あの人は元々温泉目当てだし」
「滑れないとか言うんじゃねぇだろうな」
「・・・あの遊び人にそのセリフ面と向かって言う勇気があるか?」
真田にはない。
「・・・・それもそうだな」
などと言ってるうちにたどり着いたのは中級者向けのゲレンデ。
もちろん新米と徳川は真っ青。
「あ、あの、せんぱい・・・」
「じゃ、先に降りて待ってるぞ」
冷たい一言と共に真田と斉藤は麓に向かったのだった。
「そ、そんなぁ!」
「基礎は教えただろーが!ちゃんと降りてくんだぞー!」
「「ひえ〜ん!」」
さて、このふたりは無事夕食の時間までに下山できるのであろうか・・・?
滑り降りる途中で真田と斉藤が出会ったのが相原と晶子のカップルだった。
初心用と中級用の中間あたりを仲良く滑っていた。
「さすが豪雪地帯出身とお嬢様のカップルだな」
「相原さんの教え方が上手なんです」
にっこりと笑顔をむけられて、へいへい、の斉藤。
「あー、ごっそさん。どうせ俺は優しくねぇからな」
そんなセリフに思わず山頂方向を見上げてしまった相原である。
「・・・もしかして、置いてきた?」
「たかが中級者向けだ。死にはせんだろ」
これまた真田の冷たいセリフだが、相原には十分納得もできる。
「それが一番ですよねぇ」
「そうなのか?」
斉藤が聞き返してきたので相原がキョトン。
「違う?ぼくなんかは小学校の時はいつもそんなもんだったけど」
「あら、そうなんですか?」
「学校の授業で一番下手なグループは大抵そうだったですけど・・・」
ちなみに一番上手いグループは大会の選手として選別されているので教える方も上級の資格保持者だったし、その次のグ
ループはさらに上の技術を教えられて
上達すれば選手となる。下っ端の『まぁ人並みに』という連中はとにかく滑れればいい、ということなのであるから教え方もそれなりにいーかげんになる。
「先生連中もめんどくさくなると『おら、行くぞ』で済ませてたしな」
真田まで言うのであっけにとられてしまった晶子と斉藤であった。
「北の学校って、ハードなんですのね・・・」
単に真田と相原が当たった教師がものぐさだっただけともいえるのだが・・・
「やっぱ、そのくらいのたくましさがないと生きていけねぇ過酷な環境だったんだろうな」
勝手に納得する斉藤に待てこら。
「おい、なぜそうなる」
「そうやって生き延びたのが部長と相原さんなのでしょう?」
さらっと晶子にまで言われて慌てるのが相原。
「あ、晶子さん、それは違いますよ!」
「そうだ。俺のとこは相原の故郷と違って雪の中を泳ぐ技術まで必要なかったぞ」
「真田さんとこは全部凍りつくから泳げなかっただけでしょう!」
大笑いしつつもどこまでジョークなのか内心本気で考えてしまった斉藤と晶子でもある。
振り向くとへっぴり腰ながらも滑り降りてくる新米と徳川が見えた。
「なかなか上手いじゃないですか」
「空間騎兵隊長直々の基礎訓練を受けさせたんだからな。できないと困る」
笑って真田がカップルに別れを告げ、斉藤と共に滑っていった。
「・・・やっぱ体格がいいとカッコいいよなぁ・・・」
「あら、相原さんだってステキですわ」
見つめ合ってクスっと笑顔を交わした恋人達であった。
「やー、もう!」
転んで雪まみれになりながらも澪が笑っている。
「こんなところでコケてると上に行けないぞ」
守が笑って立ち上がるのに手を貸した。
「進叔父様よりマシでしょ!」
「下を見てどうする。技術の上達のためには常に上を見ながら努力するのが・・・」
「参謀、実の弟を見捨ててどうするんですか」
笑いの止まらない島が弁護にならない一言をかけた。
「そういえば義父さま達は?」
いつの間にか下の方にはいなかった。
「多分スパルタしにいったと思うが」
「スパルタ?」
山頂方向に顔をむけると遠目にもわかるふたりが降りてくるところだった。
並んでいるのが斉藤なので、真田がスリムに見える。
自信のなさそうな話をしていた割には身体が覚えていたのか真田はすぐにコツを取り戻していた。
豪快に雪煙を立てている斉藤と対照的になめらかな曲線を描くように滑っている真田。どちらもいい腕だと素直に守が感心
した。
「ふたりだけで行ったの?ずるいー!」
「・・・いや、多分4人で行ったんだと思うよ」
島の予測は間違いなかった。
「4人?」
そういえば凸凹コンビも下の方に姿は見えない。
「で、約2名は置いてきぼりをくらっている、と」
「・・・・スパルタ教育なのね」
「どうする?上まで行ってみるか?」
守に誘われてそうですね、の島。
「せっかくですから、一回くらいは」
「・・・置いてきぼりにしない?」
「おまえの努力次第」
「ぶー」
笑い声をたてながら3人がリフトにむかった。
進が顔を上げると同時にふたりが小さく雪を削りながら止まった。
「なんだ、まだ歩行訓練なのか?」
からかうような斉藤のセリフに進がムッとした。
「基礎を蔑ろにするつもりはないんでな」
「嬢ちゃんとへっぽこコンビはもう上で滑ってるぞ」
さすがに言い返すセリフが出てこなかった。
「ここまで下手だとは思わなかったわ」
ユキが笑い混じりに真田に愚痴る。
「運動神経いいくせにスキーはダメなのか?」
反射神経も運動神経も悪いとはいえない。それならば放置してきたコンビふたりの方がよっぽど、だと思うのだが、真田の
目の前では進がまだ四苦八苦してい る。
「しかたないでしょう!初心者なんだから!」
思わずむくれ!の進であった。
「転び方と立ち方は覚えたんだろ?」
斉藤がユキに訊くと彼女はうなずいた。
「んじゃへっぽこと同じに上に放り出した方が覚えが早いかもしれねぇぞ」
「あ、その手があったのね」
楽しそうなユキの同意にギクギク。
「ゆ、ユキ!」
「決まりだな。さぁ行くぞ」
いかに進といえど雪の上でしかも斉藤と真田に捕まえられては抵抗の手段はなかった。
「『地獄の特訓』は進さんの専売特許でしょ?はい、がんばりましょうね」
とても薄情なユキのセリフに進は全ての脱出路を断たれたのであった・・・
「そうだ、明日コブの越え方教えてくれます?」
頼まれて真田がわずかに首を傾げた。
「コブか?・・・あれは膝にくるぞ?」
「来週立ち仕事それほどないはずだから平気ですよ」
「待て待て。明日は俺が先約だぞ。技師長、忘れるなよ」
斉藤が割ってはいる。
「先約?」
「ボードを試したいから付き合えって言われてるんだよ」
「えー、ボードもできるの!?すごーい!」
「そんなに感心しないでくれ」
真田が肩をすくめて苦笑した。
「訓練でちょっとやっただけなんだから」
雪原や細かい砂地の場所での移動手段のひとつとして授業に組み込まれていただけなので真田もスキーほど親しんだわけで
はない。守の方が上手かったと思う ので本当ならばそっちに頼もうと考えていたところであったのだ。
「でも隊長はどうしてボードを?」
「あれは両手が空くだろう?だから実戦じゃスキーよりもボードがいいと思ってな」
既に進に割り込める話題ではなかった・・・
コテージに戻ると山崎が優雅にお茶していた。
「よう。楽しんできた・・・のもいたようだな」
苦しんでたのも若干いるようだと見て取ったのだろう。雪まみれの4人の姿に笑ってしまった山崎だった。
「でも面白いですよ!明日は山崎さんも滑るんでしょ?」
「少しはね。ほら、早く着替えないと食事に遅れるぞ」
「はーい!」
雪まみれになっていない男5人が後から入ってきた。スキー板を片づけていたのだろう。
「どうだ?久々の運動は」
「夕食が美味しく食べられそうです」
相原がウェアを脱ぎながら楽しそうに答えた。
「どうせだから個室で宴会料理を頼んでおいた。その方が心おきなく騒げるだろう?」
「すみません」
そういえばその方が良かったことに今さらながら気がついた守と真田だった。
よく考えなくても一般人の間に有名な顔(はっきり言って『ヤマトの若き英雄・古代進&島大介+太陽系のヒロイン・ユ
キ』の3人)がぞろぞろ歩いていれば
それだけでまわりの視線を集めてしまうだろう。そうなれば落ち着いてハメを外して騒げない。
「進とユキを誘ったのは失敗だったか」
「参謀と真田さんがそろってるって時点で既に意味ないと思いますけど」
なー、と相原と顔を合わせて頷き合う島だった。
軍関係者の間ではよっぽど守と真田の方が顔が知れている。場合によっては『ヤマトの古代進』というより『スペース・
イーグルの弟』の方が通りが早い、と
進自身が言っていたし『特務部の真田』の一言には佐官以上ならば青ざめるか顔をしかめるかどちらかだと相原は知っている。
現在の太陽系にあっては防衛軍が最大の大企業とも言えるのだから、こんなリゾートで同業者に合わない方が不思議なの
だ。
「そういや機関長、何買いに行ってたんだ?」
「このあたりにたしか蔵元があったのを思いだしてな」
ほれ、と指さす先には一升瓶が数本立っていた。
「新酒の大吟醸だ」
「おお!」
湯に浸かりながらあちこち揉みほぐす親友に島は苦笑を押さえきれなかった。
「明日は筋肉痛だな」
「うるさい」
ぶすっと言い返す進に相原までがクスクス。
「すぐに覚えるよ。参謀だって最初は同じだったんだろ?」
「兄貴は・・・子供の頃ちょっとやってたし」
「まぁあのふたりはちょいとレベルが違いすぎるからなぁ」
進が凹んで顔半分を水面下に沈めてしまった。
「ど、どーせ、どーせ・・・」
「勝てるかもと考えるのが最初の間違いだと思うな」
悟っている相原である。
「相原さんや島さんはまだいいじゃないですか」
「そうですよ。ひとつやふたつでも対抗できるレベルのもの持ってるんですから」
新米と徳川の非難も馬鹿言えにしかならない。
「本気で取り組まれたら三日と持たない差しかないんだぞ」
「だよなぁ」
「それだけ大量の教育と訓練こなしてきたってことなんだろうけど。・・・出来が違いすぎますよ」
話のネタにされている大物ふたりは隣の湯船でへろ〜んとした顔で月を仰いでいる。
守と真田だけならいざ知らず、それに斉藤と山崎が混じっていれば若手5人は近寄りたくない。ので、避難してきていたの
である。
「でも真田さんも古代参謀もホントに楽しそうだったよな・・・」
「そういえばなんで澪ちゃんスキーに行きたい、なんて思ったの?」
黄色いアヒルをお供にしている澪に訊いたのはユキだった。
露天風呂に入るなら絶対に同行させること、と強く真田に言われて持ち込んできている。外見は普通のオモチャにしか見え
ず、今もプカプカ浮かんで湯に揺れ
ているだけのようだが『あの』真田のお手製とあればどんな機能が内蔵されているかわかったものではない。それがわかるのでユキも晶子も盗撮の心配も覗き見
の心配もなくのんびりリラックスしていた。
「テレビで見て・・・面白そうだなって思って」
てへ、と照れたように澪が笑った。
「それにたまにはお父さん達も仕事と全然関係ないことで楽しんでもいいんじゃないかなって」
結局クリスマスだけでなく正月も休めなかった義父。気にしないフリをしながらも同居人の心労をずっと気遣っていた実
父。そのふたりにどこかで休息をとっ て欲しいと思うのは間違ってはいないと思う。
「でしたら私達お邪魔だったのでは」
晶子の気遣いに澪は首を振った。
「みんなが一緒の方がホントに良かったの。3人だけだとどうしても義父さま少し引いちゃうから」
気心の知れた人ばかりで、何の気兼ねもなくワイワイ騒げる時間が欲しいと思ったからこそ、実父も大人数用のコテージを
取ったのだろうと思う。
「何も考えないで、楽しむ時間があってもいいわよね・・・たしかに」
真田だけでなく、古代守にも。そうユキも思う。
それを思うとこの旅行は正解だったと言えるだろう。ふたりともとても楽しそうに笑っていたのだから。
「そしたらこの後相原さん達酔い潰さないようにしないといけないわね」
「あら、それは大丈夫よ」
ユキがにっこりと笑った。
「うるさくなったら窓から外に放り出せばいいだけだから」
・・・対処として間違ってはいないのだろうが、この気温ではそのまま凍死する可能性もあると思うのだが・・・
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