スキーに行こう! *その3*
スキー場まで何マイル?
マイクロバスで来たんだよ。
雪だらけの山の中
みんなで笑いに来たんだよ。
快晴だったので多少冷え込んだが、その冷たい空気さえ真田には心地よく感じた。
「せんぱーい」
朝日を受けて真っ白に光っているゲレンデを眺めていた彼を呼ぶ声がした。
「寒くないんですかー」
「冷凍倉庫の修理よりマシだぞ」
白い息を吐きながら近寄ってきた新米を振り向く。セーターと手袋だけの真田と違い、新米はしっかり重武装していた。
「どうした?」
「朝食届いたんで捜しに来たんです」
「もうそんな時間か。すまないな」
やっぱり元気だと思う。昨夜は山崎の買い込んできた大吟醸と最初から持ち込んでいたビールで深夜まで散々どんちゃん騒ぎしていたというのに、今朝もさっ
さと起き出して散歩しているのだ。
「先輩って実は寒い方が得意なんですか?」
「そういうわけでもないが・・・生まれたのが寒いところだったせいかな?」
コテージに戻る道を歩きながら真田が小さく肩をすくめた。
「でもこんな風に大勢でワイワイって・・・楽しいですね」
「そうだな」
もしかすると心が疲れていたのかもしれないと思う。何を悩むことなく過ごせる時間を求めていたのかもしれないと。
それを守に気付かれていたのだろうか・・・
「で、今日は?結局どっちするんです?」
「それが現在の最大の悩みなんだな」
大きくため息をついてみせた真田に新米が笑った。
「まさか斉藤とユキに奪い合いされるとは思わなかったからなぁ」
押しつけようと思った古代守は『俺は娘専用コーチ』とかいって逃げるし、山崎には『この10年ほどやってないからなぁ』と煙に巻かれてしまったのだ。
「斉藤隊長のボードが普通のじゃないんですから参謀だって逃げますよ」
「あのな、アレに関しては俺だって古代と同じレベルなんだぞ?」
窓から澪がふたりの姿を見つけて手を振っている。
「そっか、いっそ骨折でもすれば当分休めるか」
「だからそれは無理だと・・・」
ドアを開くと珈琲とトーストの香りが流れ出てきた。
「早くー、トースト冷えちゃうわよー」
澪がふたりを呼んだ。
「・・・どう思う?」
島に訊かれて相原は素直に首を横に振った。
「謎が増えた」
「・・・ますます正体不明なオッサンだってことだな」
彼らの目の前では山崎が慣れた様子で上級者向けのコブ面を滑り降りてゆく。
「たしか機関長って、軍に入る前は普通の大学で普通の研究員してたはずだよね?」
「本人の弁によると奥さんと出会う前は『真田さん並み』に女っ気も遊んだこともなかった、ってことなんだが」
「奥さんと遊び回ってたってこと?」
それはそれでうらやましい話である。
もっとも、本人の言う『普通』と周囲が認識する『普通』が同じかどうかについては大いに議論したいところであるが(『あの』真田が『どこが普通なんだ か』とつぶやくくらいであるので論議以前のモンダイかもしれない)とりあえずはいったいいつ、どこで身につけた技能なのか思いっきり問いつめたい若いふた
りであった。
「でもこれで争奪戦も停戦だな」
「昼飯食ったら真田さんの方見に行こうな」
コブ面の下で待っていた真田と斉藤とユキが山崎の到着を待ってふたこと、みこと言葉を交わしている。すぐに斉藤が真田を引っ張って麓へ向かって行った。
不満そうな顔もなく、ユキは山崎の腕を掴んで上に戻り始めた。
「晶子さんとこに戻らなくていいのか?」
「ぼくだってもうちょっとはカッコいいとこ見て欲しいからね。教えてもらおうと思って」
「んなこと言ってると参謀に盗られるぞ〜」
「いや、あの状態では手を出してる暇はないとみた」
なにしろ澪だけならともかく、新米も徳川も果ては進までひっついてるのだ。いくら古代守といえど晶子に手を出す余裕はないと相原は踏んでいた。
そしてそれは事実だった。
「押しつけたのか?」
「逃げられてたまるか」
守に問われて真田が苦笑混じりに返事をした。
できないはずはない、と信じていたことは間違っていなかった。山崎は難なくコブ面をクリアしてみせ、程良く滑れる3人のコーチが可能と判断されたのだ。
「で、おまえがボードか」
「代わってくれるなら喜ぶところなんだが」
「いやー、俺って基本的に宇宙艦乗りだからさー」
「とぼけるな!俺は単なる科学士官で戦闘士官じゃないんだぞ!」
このふたりがそんなことを言っても周りで聞いている連中にとって真実味はマイナスである。
「ほれ、さっさと降りるぞ。参謀もしっかり保父さんしてろよ。んじゃ後で」
斉藤が笑いながら真田を引きずるようにして斜面を降って行った。
「後で?」
このスキー場はボードも使用可とされているが、ハーフパイプはゲレンデから少し離れた端にある。ただ滑るだけなら真田を連れてゆく必要はないはずだから
そちらに向かうのだとばかり思っていた澪と徳川と晶子がキョトンとした。
「隊長の使うボードって、軍用の動力付きな特殊仕様なんだよ。だからこの程度の斜面なら登ってこれるの」
新米の説明に思わずあっけ。
「動力付きって・・・」
「登りと平坦地は反重力駆動で少し浮かせて、下りは普通のボードと同じ。コントロールはどっちも体重移動でってシロモノでな。なかなか苦労するんだ、あれ
操るの」
他人事のように守が笑って追加説明した。
・・・というよりたしか怪我人続出だったんで次の年から陸戦隊志望者の、さらに希望者だけの選択になったはずだったよな、と思い出したことは守は口にし
なかった。
「ところで保父さんって・・・何?」
澪が素直に疑問を口にしたので守がヒクリと引きつった。
「いやまぁ・・・その」
「幼稚園の先生のことですよ」
にっこり笑って晶子が答えたので思わず澪が実父を見上げ・・・納得してしまった。
「そうよねぇ」
「「そこで納得するなぁ!!」」
兄弟の叫びがゲレンデに響き渡ったのだった。
冬迷彩そのままの白いスノーボードに両脚を固定して真田がやれやれ、とため息をついた。
「今になってまたこれとはな」
「なんなら完全装備でやってみるか?」
「馬鹿言え、あんなもん担いで滑ってたらそれだけで叩き出されるだろうが」
背を伸ばし、真田が笑った。
「さて、どこまでできるかな」
左の手袋に仕込まれたエンジンスイッチを押すとボードがほんのわずか、浮かび上がった。
「登るぞ」
「了解」
体重を前方にかけるとふわりと動き出した。側面のエッジを地面に付けないように細心の注意を払いつつ、さらに重心を前へ倒し、速度を上げる。膝を曲げ、
体勢を低くし風による影響を受けないようにしながらふたりはゲレンデを登り始めた。
もちろん付近で滑っている一般人が驚いた。
基本的に一方通行なはずのゲレンデを登っていくなどと、普通は考えられない。
それがスノーモービルだとか雪上車だとかいうのならまだわかるが、ごく普通のスキーウェアを着たボーダーが平然としてしかもかなりの速度で登って行くの
を目撃してはあっけにとられるしかない。
「お、来たな」
守がふたりの姿をみとめて立ち止まった。
「うわっ、すご」
徳川が感嘆の声を上げる。
体重移動だけでコントロールしているとは思えない動きに進は声が出ない。兄貴の世代はあんなことも学科のひとつだったのかと思うと、自分の時には不可能
になっていたことに心底ホッとしてしまった。
「よう、おかえり」
笑って言われて斉藤が大笑いした。
「どうだ?乗り心地は」
「俺としてはやっぱりスキーの方が好きだな」
両手が空いているのがどうも落ち着かなくてな、と真田が手をひらひらさせている。
「実際はこれでライフルだの突撃銃だの持ってるからちょうどいいんじゃないのか?」
「・・・持ちたくないんだよ。俺の立場としては」
科学士官にんなもん持たせるな、の真田に笑うしかない一同。
「ま、民間人を吹っ飛ばさない程度のスピードに押さえておけよ」
「下りで保証できるか?」
斉藤に訊かれて真田が考え込んでしまったので守がやれやれ。
「そこで本気で悩むな」
「久しぶりなんだから仕方がないだろうが」
それはそれで困るのだが・・・
「ジェットスキー、というのもあることはあるんだ」
山崎が滑り降りてゆくふたりを見送りながら3人に言った。
「滑降中はバランスが取りやすいので転倒が少ないんだが、最中に攻撃を受けると両手が塞がっているので反撃できないということでね、ボードが推奨されてい
るんだ」
「でも使いこなせるのがいないんじゃ、意味ないような・・・」
島の一言は正論であるが、それがなかなか通らないのが軍隊である。
「ま、隊長、副隊長格が使えればいいってことになってるからな。空間騎兵でも斉藤並みに乗れるヤツは少ないだろう」
んじゃその斉藤と同じレベルで乗りこなしている真田はいったいなんなんだと思っても当然。それのわかる山崎が笑って若手3人をふりむいた。
「真田君と古代参謀は訓練校時代にやらされた最後の学年じゃないかな?あのふたりの性格を考えれば『できない』とは絶対に言わないとわかるだろう?」
「最後の学年?」
「たしか学科から削除された理由が『訓練中の負傷者が多すぎる』だったから、訓練自体が不可能になる前に無くなっていたはずだ」
「・・・真田さんがまっとーな人間じゃないってのはわかってましたけどね・・・」
「古代参謀もホントにノーマルな人間なんですかね」
やっぱりあのふたり同類だから親友なんだな、と心底納得してしまった3人なのであった。
麓まで降りてから真田が斉藤に調子を尋ねた。
「やっぱ登りがいまひとつ、だな。あんまり前傾になると接触してブレーキになっちまうのが気になる」
「速度コントロールをもう少しタイトにしてみるか?」
「反応速度の方を上げてくんねぇか?」
「それやると完全にカスタム仕様になるぞ?いいのか?」
この辺は仕事の話にもなるが8割方趣味が混じっているので真田の精神状態は休日モードのままである。
そんなわけでトラブルが接近してくるのに気付くのが遅れてしまった。
「あの、すみません、ちょっと」
いきなり割り込んできた声に驚いてふたりが顔をむけるとカメラとマイクを持った男がふたり立っていた。
「は?」
「すごいもの使ってますね。どこのメーカーの新製品なんでしょう?ぜひ・・・」
名乗りもせずに不躾に訊かれて思わず顔を見合わせてしまったふたりである。
「あんた誰だ?」
「え?『週間スポーツ』の記者です。それより・・・」
カメラを向けられたので真田が手で完全にレンズを覆った。
「スクープしたい気持ちはわかるけど、これは記事にはできないし、したら雑誌の廃刊どころか会社が潰れるけど、いいのかな?」
少しでも知恵のある者ならそれがどういう裏の意味を持つのかわかるはずなのだが、目の前にいるふたりはあまり知恵を持ち合わせていないようだった。
「な・・・何を!」
「何をってもなぁ。本気で取材したいなら広報部通してもらわねぇと俺はともかくこちらさんが困るのよ」
斉藤が真田の前へ出て『少々』凄んでみせた。
当然の如くヒクついた記者である。よほど根性が座っているか見慣れていないと斉藤の凄みを平然と受けるなんてことはできない。
「あんたたちもクビにはなりたくねぇだろ?悪いこといわねぇから忘れるこったな」
んじゃ行こうか、と真田の肩を軽く叩いて斉藤が再び上に向かおうとした・・・ところで別方向からの大声が呼び止めた。
「す、すみません!そこのいい男二人組のボーダー!ちょっと協力してください!」
古代守がいないので他人事として聞き流そうとしたがそう簡単に逃がしてもらえなかった。
「お願いです!怪我人がいるんです!」
逃げ損なって腕を捕まれた真田がやれやれ、と顔をむけた。
「怪我人?」
駆け寄ってきたのは服装からしてスキー場の監視員だろうとわかった。
「は、はい。ゲレンデの裏の雑木林に入りこんで動けなくなった、と連絡がありまして・・・」
「裏?あちら側は進入禁止区域でしょう?そんな自業自得なヤツのことなんか知りませんよ」
休日モードなので真田はほどよく冷たい。軍人モード、それも戦闘モードの場合もっと冷酷なのだがそんなことは監視員にはわからない。
「モービル出しゃいいだろう?」
斉藤の意見にも首を振る。
「下が笹藪なので油断すると動けなくなるんです。あなた方のボードなら・・・」
「雪上車ならモンダイないでしょう?そんなに重傷なんですか?」
そう言い返した真田に監視員は困った顔で声を潜めた。
「怪我自体は脚くじいただけらしいんですが・・・その、親が親なので」
さて、トラブル体質なのはいったい誰だろうと真田は肩を落としたのだった。
「どーする?」
「もう一枚あったな?色男を呼ぶか・・・」
真田が上に向かって大きく腕を振った。
何事かあったと気付いたのだろう。守は澪以下を置いてすぐに降りてきた。
「どうした」
「それがだな・・・」
真田に説明されてあっちゃ、と守も額を押さえた。
「誰だよ、トラブル体質は」
おまえだろうが、と互いに相手を睨みつつ声には出さない。
「お、お願いできないでしょうか・・・」
気分としては守もそんな自業自得な連中は放置したいところなのだが、監視員の後でソワソワしている挙動不審なヤツのカメラも無視できずため息と共に肩を
落とした。
「取り替えてくる。ちょっと待ってろ」
5分後、3人は監視員から場所を示すための地図と応急処置用のキットを受け取っていた。
「さっさと済ますぞ」
「怪我人がべっぴんさんなら嬉しいところだがな」
「性格ブスの可能性が高いな。俺なら遠慮する」
「せめて目の保養くらいしたいだろうが」
軽口を叩きながら3人がエンジンのスイッチを握るとボードがわずかに浮いた。
「バレても別にかまわなかったんだがな」
ビールのジョッキを傾けながら真田が言った。
「後のうるさいのが面倒なんだよな」
うんうん、と守が同意する。
一同の前にはチーズフォンデュの鍋。
「でも結局バレたんじゃないんですか?」
相原が訊くとクスッと笑ったのが山崎と晶子だった。
「親族が偉い人なのはこの中にもいるだろう?」
その言葉にそーいえばそうだ、と全員の視線が晶子に集まった。
すっかり忘れぎみであるのだが、相原の恋人・晶子の祖父は現役の地球防衛軍司令長官であったりするのだから。
だからといって防衛軍司令部勤務の現役参謀である古代守とか、最先端技術の中枢を担う科学局の部長である真田が偉く無いというわけではないのだが、この
際一番大きな肩書きを持っていたのが晶子の祖父・藤堂平九郎だったので山崎がさっさと利用しただけのことである。
これが軍関係のいざこざであった場合には山崎は問答無用で真田と守の名前を引っ張り出していた。もっとも、それ以前にふたりの姿を見かけた時点で相手側
が逃走しているだろうとも思っているが・・・
「借り出された救護ヘリの機長さんは斉藤隊長のお顔を御存知のようでしたから私の名前出さなくても良かったとは思いますけど」
「なんだ、知り合いだったのか?」
進に訊かれてちょいとな、の斉藤。
「昔の部下でな。いまひとつ空間騎兵の精神に合わなくて航空救難隊の方へ異動させたヤツだったんだ」
「つまりケンカが嫌いだったんだろ。気の毒に」
「おい!なんでそうなる!」
ぼそっとつぶやいた島の一言を聞き漏らすほどまだアルコールはまわっていなかった。
「それで話し込んでたのか」
「ん?ああ。なかなか上手くやってるようで安心できたな」
ケンカになる前に守が口を挟んだので斉藤も島に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
大騒ぎしたお嬢様を担いで降りてきたのは斉藤だった。
一同に言わせると『舐めときゃ治る』という負傷で呼びつけられた救護ヘリも気の毒だったが、その機長が斉藤の顔を見て驚くのを守と真田が目撃していた。
連れるだけ連れ降ろすと後は放置するつもりだった彼らが逃げ損ねたのはそのせいもある。
もの凄く何か言いたそうだったホテルの支配人の耳にこっそり晶子の身元を囁いたのは山崎であり、結果、夕食はコテージに出前してもらえたというオマケが
付いていた。
「全く、いったい誰がトラブル体質なんだか・・・」
「古代、おまえにそのセリフ言えるとは絶対に思わないぞ」
「なんでだよ!俺のどこがトラブル体質なんだよ!」
「全部」
すかっと言ってのけたのが相原だったので島の胸ぐらを掴んだまま思わず睨みつけてしまった進である。
「おまえまでそれを言うかぁ!」
「だ、だって事実じゃないか!」
そんな先輩連中のじゃれ合いを見ていた徳川がやがてなぁなぁ、と新米をつついた。
「てーよりさ、古代家の遺伝子にトラブル体質って組み込まれてる気がするんだけど」
「今頃気がついたの?」
遅いぞ、の新米である。
「真田先輩の教育と矯正でも消せない以上、やっぱり組み込まれてるに決まってるだろ」
「・・・聞こえてるわよ。先輩方」
『古代サーシャ』が新米の耳を思い切り引っ張った。
そんなこんなでワイワイしている時に玄関の呼び鈴が鳴らされた。
一瞬の沈黙ののち、立ち上がりかけた真田を制止すると山崎が向かった。
何か言いたそうな真田に守が笑顔をむける。
「こんな時は口の上手い先輩に頼るのが一番だぞ」
「・・・それもそうか」
もっとも、その必要はなかったのだが。
ドアを開いた山崎はそこに制服姿の青年を見つけた。
「どちら様で?」
「あ、あの、航空救難隊の真柴といいます。御休息中に申し訳ありませんがこちらに空間騎兵の斉藤始隊長がいらっしゃると聞きましたので・・・」
緊張しているのが丸見えだった。
「あぁ、昼間の・・・どうぞ。大騒ぎの最中ですが」
待機時間が終わってから飛んできたのだろうとわかる。この人物なら招いても大丈夫だろうと判断し、笑って山崎は奥を指さした。
「隊長!客人だぞ!」
「あー!?俺にィ!?」
誰だ今頃、とのっそりと斉藤が出てきてドアの前に立つ青年に気付いた。
「た、隊長・・・」
思わず敬礼した青年に斉藤が大笑いした。
「相変わらず固いヤツだな。もう俺はおまえの上官じゃねぇんだからそう緊張するな。ほら、来いよ。後のオッサンが風邪ひいちまう」
「い、いえ自分は隊長に御挨拶に来ただけですから、お邪魔をするわけには」
「なんだぁー?斉藤、誰来たんだー?」
斉藤の後から顔を出したのが進だったので真柴が驚いた。
「ま、まさか?」
ほどよく有名な進の顔に驚いたようだったのだが、進本人は気にすることなくドアを閉めて戻りだしていた山崎に顔をむけた。
「誰です?」
「さっき話してた救難隊の機長さんだ。隊長、さっさと上着脱がして連れ込め。ホントに風邪ひくぞ」
進の肩を引っ張って山崎が宴会の中へと戻った。
「上がれよ。ちっとばかり有名な顔がいくつかあるが、悪いヤツはいねぇ。酒代代わりに苦労話のひとつもすりゃ十分歓迎してくれるぞ」
笑ったまま斉藤が肩越しに奥を指さして昔の部下を招いた。
月は見えない。
空一面に輝くのは遙か遠くの星々が作り上げる天の川。
灯りを消した寝室で真田はぼんやりと天窓の外を眺めていた。
「なんだ、まだ起きてるのか?」
守の声に真田は視線を隣のベッドへ向けた。
「ん・・・星がよく見えるから」
答えになっていない返事に守が声もなく笑って身を起こした。
「ちゃんと寝とけよ。明日の運転手は俺とおまえなんだからな」
「わかってる。おまえだって起きてるだろうが」
守が自分のベッドから真田の方へ移ってきた。
「ちょっとそっち寄れ」
「なんだよ」
「そっちの方が星が見やすいんだろう?」
ゴソゴソもぐり込んでくる守に苦笑しながらも真田はベッドを半分明け渡した。
そのまま言葉もなくふたりでぼんやりと星空を見上げた。
自然の重力と大気に全身を守られて見上げる星々。
あの中を旅したのは既に歴史になりつつある。
あの闇を戦場としたのはもう記憶の中のことでしかない。
思い出して笑える記憶ではなく、懐かしさに浸れるほど優しい思い出でもない。それでも、時には思い出さずにはいられない。こうして、星々を見上げずには
いられない。
やがて守がぽつりとつぶやいた。
「・・・笑った一日だったな」
「ああ」
真田が静かに肯いた。
面倒なことは何も考えない。他の誰かにそれを任せることのできた一日。
ただ友人と楽しむことだけに費やした時間。
今まで忘れていた時の過ごし方。
「笑うことのできた一日だったよ・・・」
心が軽くなった気がする。
これでまた顔を上げて歩いてゆける。そう感じた。
「もう寝ろよ。明日も笑うぞ」
「そうだな・・・おやすみ」
目を閉じると静かに眠りが意識を包み込んでいった・・・
持ち込んだ端末の画面を見ながら新米が顔をしかめているのに気がついたのは相原だった。
「どうした?朝から」
「昨日の騒ぎ、ネタになってるんですよ。なんかこのあたりのエライさんのお嬢さんだったみたいで」
「俺達の身元、バレたのか?」
「まだそこまでは・・・でも半日持ちますかねぇ」
「だ、そうですけどどうします?」
相原が顔を上げた先には真田が守と顔を拭いていた。
「どういうネタだ?」
「『高性能の新型スノーボードを操る大男3人組』の正体を知らせた者に賞金」
「・・・おい」
「こんなリゾート地のローカルネットですよ?その程度でしょう?」
顔写真付きですよ?見ます?と新米に訊かれていらん、と真田が手を振った。
「自分の手配写真見てどこが楽しい」
まいったな、とため息をつきつつ守が朝食を並べている澪と斉藤と島を振り返った。
「もう半日遊べるかと思ったが、撤退した方が良さそうだな」
「だな」
斉藤が素直に同意した。
「ところでオッサンは朝からどこ行ってんだ?お嬢もひとりいないが」
「さっきホテルの副支配人が来てなんか言って連れてかれましたよ」
「やーよねー、珈琲冷めちゃうじゃない」
徳川の返事にぼやく澪になんか違うぞと思いつつ曖昧に肯いたふたりの父親である。
「ま、食ってるうちに帰ってくるだろ」
そう言ったが食べ始める前にふたりは戻ってきた。
「なんだったんです?」
「身元調査」
「は?」
「ローカルネット上で騒ぎになってないか?それに驚いて確認に呼ばれたんだよ」
平然と答える山崎にやれやれ、の真田。
「で、正直に話したんですか」
「ユキさんと進さんの顔がわかっていたみたいで『祖父が地球防衛軍の司令長官をしております』とお話したらそれ以上何も言われませんでした」
にっこりしている晶子にやっぱりあのジジイの孫だと思ったのは年中組3名である。
しかも山崎が同行していたとあれば、一体どれほど柔らかな言葉で恐喝してきたことかと相手が気の毒にさえなってしまった。
「まぁいいさ。食ったら帰ろう。途中ドライブに計画変更だ」
「はーい」
珈琲とミルクと焼きたてのクロワッサンとスクランブルエッグに野菜サラダの朝食がにぎやかに始まった。
「来年は軍の所有するスキー場にしましょうよ」
そしたらこんな面倒ないでしょうから、と新米が言うと横から相原が笑った。
「ってことはもっとランク上の実技させられるってことだぞ?」
「そうそう。ありゃたしかにスキー場ってより雪山訓練場だかんな」
斉藤が同意したので進がピクリと引きつったが、青くなった新米と徳川に気を取られて島と真田以外は気がつかなかった。
「1泊2日で雪中山越えでもするか?ダイエットにいいぞぉ」
「なんだぁ、古代、おまえ興味あるのか?」
ニヤニヤしながら島が進に話を振ると思いっきり睨み返された。
「俺は宇宙艦乗りなの!べ、別にスキーができなくたって・・・」
強がる進にほほう、と守がツッコミをかける。
「惑星上で戦闘になって、しかもそれが雪上だとかそれに近いような砂地だった場合、どうするんだ?戦闘士官として」
「・・・おまえ昨日弟と同じセリフでボードから逃げようとしたよな」
つまりはやっぱりよく似た兄弟なんだと誰もが再認識しただけなのであった。
「で、このまま帰るとなると・・・どこで昼飯にするかがモンダイになるんだが」
真田と口論しても勝ち目はないのできっぱりさっぱり話を切り替える守である。
「さっき見ておきました。途中に手打ちうどんの店があるみたいですよ」
それに答えたのは新米だった。
「お、気が利くねぇ」
「ぼくだってこんなことくらいなら・・・」
「まったく、仕事以外では勤勉なんだな、おまえは」
「仕事だって真面目に働いてますよぉ!」
「そうだ。真田、つくづく思うがおまえこそもうちょっと手抜きした人生送るべきじゃないのか?」
「・・・どういう意味だ」
「人生には潤いと息抜きが不可欠だってことさ」
「息抜きの合間に人生送ってるような貴様に言われたくない!」
・・・まぁ少なくともストレス解消には不自由してないんだよね、ときっちり食事しながらの真田と守の口論を見物しつつ結論に達したその他大勢なのであっ
た・・・
荷物を詰め込み、コテージの鍵を返しに行った徳川が戻るのを待って真田が運転席に乗りこもうとして、ふと雪山を振り返った。
陽の光を浴びてゲレンデは眩しいほどに真っ白に輝いている。
「真田?」
「いや・・・たしかに冬だったんだな」
そんなつぶやきに守が小さく笑った。
「引っ越しするなら通勤用のVTOLが必要になるぞ?」
「出勤と帰宅の度に雪崩れを起こすつもりはない」
笑い返して真田がシートに身体を放り込んだ。
「全員シートベルトは付けたか!?」
「対ショックも対閃光も防御済みです!」
運転席のすぐ後に座っている島が言って返し車内が爆笑に包まれた。
「機関長、エンジン始動から始めますか?」
「アイドリングは済んでる。微速前進からで十分だ!」
守の更なる一言に即座に山崎が返して益々の笑いを誘った。
スキー場まで何マイル?
マイクロバスで行ったんだ。
わいのわいのとみんなでさ。
・・・楽しかったね・・・
END
さてここで問題です。
コテージでの部屋割りはいったいどうなっていたのでしょうか?(^^;;)
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